日時:2025年7月19日 10:00~12:30
場所:ZOOMに依るオンライン
範囲:第七十巻「北ドイツ 上
明治6年5月1日~3日、リューベックからフランクフルト・アム・マインまで移動した。冨田日記によれば、この時点で使節団8名(岩倉、伊藤、山口、田辺、安藤、田中、冨田)、通訳3名(栗本、杉浦、市川)になっていた。
旅程(リューベック経由ハンブルグ着)
5月1日、リューベック経由ハンブルグに到着した。
リューベックは、バルト海からトラーヴェ川を20㎞遡ったところにあるハンザ同盟の中心都市。ハンザ同盟は、13~17世紀に北海・バルト海沿岸を中心に栄えた諸都市による政治・軍事同盟。
北ドイツの公国、大公国
シュレスウィーッヒ公国はユトランド半島付け根部分の農牧国。ホルシュタイン公国はその南にあり農牧業の他、キールやアルトナを中心に貿易・漁業も盛んな国。
オルデンブルグ大公国はヴエーザー川を挟みホルシュタインと相対する5世紀から続く名家で、デンマーク・ノルウェー・スウェーデン・ロシア王家と姻戚関係を結ぶ。
ハンブルグ再訪
2日、ハンブルグ市内を散策。久米は、女性の衣装を見てヨーロッパ諸国の女性の装いの違いを考察、ドイツの治世の仕方に「無理に同化を強いるのではなく住民の自主性を重んじる」という古代中国周王朝の呂尚(太公望)との共通点を見る。
ブレーメン
使節団は訪れていないが、ヴエーザー川東岸にあるブレーメンについて解説している。
ブレーメンはハンザ同盟の一都市で、当時あった4つの自由都市のひとつ。市庁舎広場に立つローラント像は市の独立性を象徴している。
ハノーヴァと近在の諸国
3日、ハンブルグを発ちハノーヴァ経由、フランクフルト・アン・マインに到着。
ハノーヴァ王国は英国王朝に名を連ねるも普墺戦争で敗れプロイセン領となっていた。ブラウンシュバイク公国は12世紀建国のドイツ最古の国、領地は飛び地で小さいながら最も裕福と言われた。ゲッチンゲンは大学都市、グリム兄弟が当地の大学で教鞭を取っていた。カッセルはヘッセン州の首都。久米は、小国のワルデック侯国、リッペ侯国についても言及している。
(冨田兼任記)