86号: 泉 三郎コラム「平成ユーフォリアの30年」

平成もすでに30年を過ぎた。この30年はいったい何だったのか。

時代を象徴するいくつのかのキーワードがある。代表は「失われた時代」である。何が失われたのか。経済成長の夢か、一億総中流の幻想か、雇傭の安定か、所得配分の公正か、最も深刻なのは倫理観であり責任感であろうか。

平成元年はベルリンの壁の崩壊から始まった。内では札束バブルが弾け大小の倒産につながり、リストラや失業につながった。唯一の超大国となったアメリカが、自由経済の教義を世界に広げんとグローバリゼイションの大津波を起こして地球上を無差別に襲った。

その攻勢に慌てた日本政府は、旧態依然の「景気、景気の一点張り」で、すでに経済は成熟しきっているのに、むりやりに経済成長を図ろうと毎年大借金を繰り返し大盤振る舞いを続けた。その結果、1989年には280兆円だった国の借金は、2017年に1,307兆円に大膨張し、対GDP比率は75%から240%へと拡大してしまった。

国も個人も「プレイナウ、ペイレイター」で、まるで資産家の息子か娘でもあるかのように「何でも先延ばし」のノーテンキぶり、グルメに、ファッションに、旅に、エンターテイメントに、暖衣飽食とゲームとセックスに溺れて恥じることはなかった。こんなに世界中のものが楽しめる国は他にはない。音楽も美術もスポーツもテレビやネットであれば無料に近く世界の一流が楽しめる。平成日本はまるで天国、とりわけ定年を迎えて自由の身となった高齢世代は相応の蓄えや年金もあって我が世の春を謳歌している。

一方では非正規の仕事しかなく不安定な収入で苦しんでいる人が多い。東日本の大災害ではまっとうな生活に戻れない人がなお七万人もおり、原発事故の後始末は進まず日々核のゴミは手つかず悪魔的に増え続けている。

が、それがどうした、何か手があるのか。つまるところ、「明日のことは考えないで、今を楽しもう!」、それが平成流の生き方というものか。今こそ「歴史に学べ、危機に挑戦した勇気ある日本人を想起せよ!」と叫びたい。

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