70 偕楽・和偕・共愉

過日、宮内庁「三の丸尚蔵館」で「明治12年明治天皇御下命人物写真帖」の展示を一覧した。これは天皇秘蔵の「群臣たちの肖像写真集」であり、世界にも類例のない、明治日本ならではの貴重なるアルバムだと感じ入った。

まず、その荘重なる装幀が立派である。次いでその量がすごい。全39册、4,531名収録という。それに、いかにも日本的だと思ったことは本人たちの和歌漢詩が多く(621名)添えられていることだ。

その由来には「明治天皇が深く親愛する群臣の肖像写真を座右に備えようと、その蒐集を宮内卿に命じられた」とある。そして「往年侍補高崎正風、同元田永孚と御前に祇候せる日、明治の功臣の写真を蒐集して添ふるに、其の歌詩をもってしたまわば、感興頗る深かるべきを聖聴に達し…」とあり、詩歌も添えることになったというのである。

さらに目に付いたのは、写真集の背表紙に金文字で打ち出された「偕楽」の2文字である。これは皇族・大臣参議編(50名)と、元老院・編修官編(49名)の2册だけに印字されており、天皇のお傍に常備された特別のものだったことを想像させる。
明治12年といえば、10年に西南戦争があり、維新期の最大の股肱ともいうべき、西郷隆盛、木戸孝允を亡くし、11年には大久保利通を亡くしている。そうした思いが当時まだ28才だった明治天皇の御下命の背後にはあったものと察っせられるのだ。

「偕楽」とは共に楽しむという意味である。私は、先年上海で開催された「万国博覧会」で「和偕社会」を標榜していたことを想起した。それは同じ儒教の伝統に生きてきた中国人にこの精神が底流していることを想わせる。また、近代文明の本家、欧米社会でも近年の暴走する資本主義への批判として、ラトーシュなどの哲学者が「共愉」とも訳される「conviviality」という言葉を多用していることも思った。世界的に所得の格差が目立つ今日、あらためて君と民、上司と下司が格差なく共に楽しむ「偕楽」の語の重要性を見直すべき時だと思ったのである。

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