51 最高の徳育及び情育―平成日本が失ったもの

 本年は、明治140年に当たる。その間、日本は一貫してパワフルな西洋文明と格闘してきたといえる。そして今、日本はその近代化の果てに大きな岐路に立っている。われわれは今こそ、この140年を振り返り、総括する必要があると思う。

私はたまたま最近、大隈重信が編纂した「開国50年史」全2巻を見る機会があった。この著作には開国以来の日本の歩みを総括する意図があり、大隈はじめ当時の錚々たるメンバーが執筆している。久米邦武もその一人であり、伊藤博文もそこに「憲法制定の由来」なる一文を寄せている。

その中で伊藤はわが国が中国や印度の哲学や歴史からそのエッセンスを学びしかも日本化して「最高の徳育及び情育」を享けてきたといい、「武士道」なる概括的名称の下に、「因習の久しき幾百年を経て益々醇化し、遂に吾人に道徳の偉大なる標準を供し、教育ある社会の日常生活において、厳に強行せられたり」と述べている。

伊藤はこれを1903年に書いており、1899年に出版された新渡戸の「武士道」を下敷きにしていることがわかる。
そしてこう続ける。
「即ち優美なる感情と美術心とに富み、道徳及び哲学の高尚なる理想を抱き、且つ忠勇義侠の精神を有するを以て士人となし、いやしくも士人たるものは一人にして悉く之を兼ねざるべからずとなし、吾人もまたこれらの学問、技芸を調和、包有するを以て完全なる人物となし、専ら之に重きを置きたり」

伊藤がここで日本人の保守すべき規範として「美術心と道徳心と義侠心」を挙げていることは注目に値する。それは戦後日本とりわけ平成の日本人が失ったものとズバリ付合しているからだ。われわれはこのことにあらためて思いをいたすべきではなかろうか。

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