12 「豪気独立の日本人」

たまたま月刊「太陽」98年8月号に中村政則教授のエッセイが載っていますのでその一 部をご紹介します。それは吉田茂の側近と言われた白州次郎氏の話で、中村氏は偶然にも 学生時代にアルバイト先のスポーツ店で白洲氏に出会い強烈な印象をうけたといいます 。「背の高い英国風の紳士で、ぶっきらぼうな語り口と鋭い眼差しに威圧される思いであ った。」と記しています。

その白州次郎氏はケンブリッジに留学し、英語には不自由はなかったから、サンフランシ スコの平和条約調印の時、吉田茂から演説草稿をみてくれと言われる。「みるとしゃくに さわったね、第一英語なんだ。占領がいい、感謝感激と書いてある。冗談言うなっていう んだ。」そこで草稿を書き直させ日本語の演説に変えさせた。吉田の英語は知識は大した ものだが発音が下手で何を言ってるか解らないし、加えて日本の主席全権としての威厳を 保つには日本語の方がいいと考えたからだという。

その白州次郎氏の晩年の言葉を、石原慎太郎氏がその著「かくあれ祖国」に書き留めてい る。 「お前な、日本の役人の悪口ばかり言っているけど、なかにはいいやつもいるぜ。ただ 、外務省はダメだ、あんな奴らはキン玉がついてねえ。バカが一番多いのは文部省だ。し かしGHQが必死につぶしにかかった内務省にはやはり強者がいたよ。」

白洲氏はGHQとの交渉の際に、「戦争に負けたけれど奴隷になったわけじゃあない」と いって、毅然とした態度を貫き通した。 中村氏は「戦後の国際システムの中で、日本が対米従属的な位置を占めている限り、日本 の戦後は終わらない」という米国の歴史学者ブルース・カミングスの言葉を引き、「今ほ ど白州のような豪気独立の精神が求められるときはない」とそのエッセイを結んでいます 。

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