第56回i-Café開催報告『明治伊万里について』

日時:9月24日(日)13.00からZOOMで開催
講師:蒲地孝典さん(佐賀有田在住会員)
演題:『明治伊万里について』

2) ご出講のきっかけ

①2018年11月当会佐賀旅行
蒲地さんには3年前に二泊三日で実施した当会佐賀旅行の現地手配・案内ですっかりお世話になった。その際蒲地さんが30数年来手掛けて来た海外に流失していた明治有田焼の里帰りや復刻版プロデュースの成果を見せていただき、柿右衛門、古伊万里から発展した「明治伊万里」の素晴らしさを実感した。

②2021年9月30日付日本経済新聞記事
その蒲地さんから、『9月30日の日本経済新聞文化欄に「和魂洋才 明治伊万里の粋◇米英などまぐり2万点を30年かけて里帰り 復刻版プロデュースも◇」を書いた』と、下記の内容の事前予告メールが来た。間髪入れずに翌月24日のi-Cafeご出講をお願いし、快諾を得たのは幸いだった。

『みなさん 小生のライフワークである「明治伊万里」について雑文を寄稿しました。明治の有田焼は廃藩置県以後、藩の庇護を受けないので自ら活路を見出さなければなりませんでした。
慶応3年のパリ博に出品して多少手応えを感じて、輸出に活路を求めます。佐賀藩出身の大隈重信、佐野常民をはじめ要路で活躍する人達は有田焼支援のために一肌もふた肌も脱ぎました。とりわけ、久米邦武は父が皿山代官でしたので幼い頃より有田には何度も通い、人的交流も深かったのです。回覧実記の中の陶磁器に関する記述にはただならね久米の思いが詰まっていることは皆さま周知の事です。
この明治伊万里が改良改善を進めて、欧米のマイセンやサーブルなどを凌駕して、世界の万博で高く評価されたことを日本人はほとんど知りませんでした。その明治伊万里の評価を認識させる為に収集や復刻版製作の活動をしているところです。その思いを綴っています。蒲地孝典』

3) 当日の蒲地さんのお話
柿右衛門や江戸時代には無い新たな技術・手法をこらし、海外で珍重された明治伊万里の逸品の数々を鮮明な写真でご紹介いただいた。説明されなければ気が付かない細かな浮彫など複雑で気の遠くなるような手が施されている作品には圧倒される。

また、有田焼が佐賀藩の重要な輸出産業であったこと、久米邦武の父親が有田焼の製造・販売・輸出を管理する皿山代官で久米も香蘭社の設立に関わるなど有田焼の振興に深くかかわっていたことを教えていただいた。米欧回覧実記の各国製陶所訪問記が詳細な理由が分かった。

蒲地さんは人生の過半を明治伊万里の復興に捧げて来たが、最盛時は英国に年間120日滞在し、骨董店を隈なく廻る他、有名オークション・ハウスの競りにも参加し高額の逸品のセリ落としにもチャレンジして来た由。ウィーン万博に出品されていた背丈を上回る大花瓶の前に英国美人と写っている若き蒲地さんはダンディーで、まさに『誇り高き日本人』だ!

4) 質疑応答・懇談
①佐賀旅行を企画した小野さんや同行した塚本さんに佐賀の歴史、唐津くんち、料理等について語っていただいた。
②仙台からご参加の鈴木さんは仙台藩の切込みには有田の技術が込められていること、宮中で使用される有田焼に仙台藩の紋様が使われているなど珍しいお話をいただいた。
③9月米欧回覧実記輪読会でフランスのセーヴル製陶所訪問部分を報告していた冨田さんに、その日のパワーポイントを使ってご説明いただいた。
④他の参加者からも大変活発な質疑・ご感想をいただいた。

5) 余興
①鉄道唱歌に歌われている有田焼をi-Café Singersの録音で披露
鉄道唱歌第二集~山陽・九州線第59番に有田焼と武雄が出てくる。『つかれてあびる武雄の湯、土産にするは有田焼、めぐる車輪の早岐より、右にわかるる佐世保通』

②フィナーレは『青い山脈』大合唱
佐賀旅行の最後、唐津くんちの夜の宴会の最後に、期せずして大合唱となった思い出の歌『青い山脈』を、吉原さんにご用意いただいた昔の映画を映しながら、みんなで歌い幕となった。

(岩崎洋三記)

 

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