GJ研究会:4月度部会報告 「バチカンが世界に果たす役割」

日時 2019.4.20
場所 国際文化会館 401号室
演題 「バチカンが世界に果たす役割」
講師 上野 景文氏(文明論考家 元駐バチカン大使)
1970年東京大学教養学部卒、外務省入省、1973年ケンブリッジ大学経済学部卒業(後年修士)、1999年在メルボルン総領事、2001年駐グアテマラ大使、2006-10年駐バチカン大使、2011-17年杏林大学客員教授、 主要著書「バチカンの聖と俗」(かまくら春秋社)、「現代日本文明論 / 神を呑み込んだカミガミの物語」(第三企画)

①イントロダクション
外交官の仕事を通じ、長年にわたり、「文明とは何か」、「日本とは?」につき想を巡らして来た。今は「文明論考家」として発言している。キリスト教は、西欧文明の根っこを形成するが、バチカンそのものがひとつの「文明」をなしている。日本ではアニミズムが強く、ものごとの本質は、黒か白ではなく、その中間の灰色のところにあると考える人が多い。無理に黒白をつけるのは「不自然」と考える。アニミズムは「超多神教」と言えるが、このアニミズムを語る自分としては、対極にある「一神教」の総本山であるバチカンに乗り込んで「文明対話」を行いたいと考え、赴任させて貰った。バチカンでは、「Buddhistic Shintoist」 と称して「対話」したが、バチカンは、優秀な頭脳が多く、思った以上に「知的刺激」に富む。

②国家としてのバチカン
バチカンは2つの国名――HS(Holly See:法王聖座)、VCS(バチカン市国)――を有する。HSは、2000年の歴史性(継続性)と世界性を有する。カトリック世界の司令塔であり、法王がその権威と権力を掌握。他方、VCS。イタリア国王が伊統一に際し法王領を取上げたこと(1871)から、法王はその後60年に亘り伊国王との関係を断った(ローマ問題)。結局、1929年のラテラノ条約により「講和」が実現。VCSは、この時出来た国であり、HSを安置する「受け皿」のようなものであるが、90年の歴史を持つに過ぎず、HSのような世界性もない。なお、外交を手掛けるのはHSであり、VCSではない。HSは、宗教機関でありながら、国家でもあると言う意味で、「二重性」を有する(以下、本日は、HSと言うべき場合も、便宜的にバチカンと呼ぶ)。

③宗教機関としてのバチカン
宗教機関は、総じて、分裂する傾向が強い。その中で、世界性と歴史性を維持しているバチカンは、「特異」な存在。この点を理解するカギは、法王の「絶対」性。法王は「神と人間の中間的存在」。この法王の権威の下に、カトリック世界は「統一」、「一体性」を維持して来た。

④法王の悩み、バチカンの問題点
バチカンの直面する最大の問題は西欧などの「世俗化」、「教会離れ」。特に西欧圏はその傾向が強い。たとえば、フランスでは、この60年間に、司祭の数が1/10に激減。カトリック教会の将来は、中国、インドなど、非西洋圏がカギを握る。ところが、バチカンでは、依然として、「バチカン中心主義」、「欧州中心主義」が強く、保守性が強い。この保守性を改めるべく、第二バチカン公会議(1962-65)で大改革を断行した(例えば、典礼はそれまでラテン語で行われていたが、各国語で行なってよいと言うことになった)。加えて、ブラジル、グアテマラなどで、カトリックのシェアがプロテスタントに食われていると言う問題もある。

⑤フランシスコ法王の登場
現フランシスコ法王は異例づくめの人。初の南米出身者であり、初のイエズス会出身者。その意味で、カトリック世界の「周辺」を体現する人物。法王は、文明的レベルで、4つの挑戦を志向―――(i)「聖職者中心主義から「信者中心主義」への転換、(ii)「排除の論理」から「包摂の論理」への転換、(iii)「北」から「南」へのシフト、(iv)「現代文明」批判(米国流グローバリズム批判、環境問題を巡る「北」批判など)――している。イエズス会士的DNAが、そうさせている面もある。

⑥法王の国際的「存在感」
法王の国際的な存在感の根っこには、4つの力がある―――(i)メッセージ力(=平和の宣教師、モラル・オーソリティ)、(ii)権威の力(バチカンは 西欧の「奥の院」)、(iii)数の力=13億人の信徒、(4)外交の老舗であること 。因みに、ブッシュは7回、プーチンは4回(当時)「法王詣で」。ブレアは、法王のメッセージ力の活用に腐心。西洋以外でも、イランも法王の利用に腐心。中国のバチカンとの「暫定合意」(2018年)も、法王の権威を利用しようとの計算によるもの。

⑦宗教間対話
法王は、宗教対話にも熱心。「キリスト教対イスラム教」の対立と言う構図を持ち出す人がいるが、本来問題なのは、「反宗教勢力」と「伝統的宗教人」との対立。イスラムもキリスト教も等しく「反宗教勢力」の被害者。

⑧法王訪日
38年ぶりの法王来日。貧困、過剰消費、環境、移民などの問題につき、強いメッセージが発せられよう

⑨日本人から見たカトリック
バチカンで、ある長官と遠藤周作の話をした。遠藤の小説「深い河」の主人公(神学生)がフランスに留学した際、(日本人は自然を大切にするのに対し)西欧人は自然にきつく当たる、とこぼしたところ、かれらから「君の信仰は汎神論であり、キリスト教ではない」と批判された―――と言うストーリーを紹介した。すると、長官は、「それはフランスのカトリックだ。イタリアでは違う。アッシジの聖フランチェスコは、鳥、花はもとより、風にまで語りかけたではないか!!」とのコメントをくれた。

⑩西洋では、民主主義・人権は「宗教」
日本は西欧と理念、価値観を共有するというが、無邪気にそう言うのは問題。日本人は、外国で(人権蹂躙などの)不正義が行われても、不愉快にならない。西欧人の場合、不正義の報を聞くと、宗教的パッションに火がつき、「怒る」人が多い。つまるところ、日本は(西洋から)理念こそ輸入したが、宗教的パッションは輸入しなかった。

質疑応答も含め、大変含蓄に富んだお話をしていただき、その後の懇親会でもさらに興味深い話を伺った。(文責 塚本 弘)

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