2 今、何故、「米欧回覧実記」なのか?

 「特命全権大使 米欧回覧実記」(全5巻、2200ページ)は、「岩倉使節の旅」の記録です。それは随員の一人である久米邦武が各分野の報告書も参考にしながらまとめたもので、米欧12カ国の歴史地理から始まって政治経済、産業技術、商業貿易、交通運輸、教育宗教など、極めて広範囲にわたる詳細な大旅行記録なのです。

そこには異質文明に遭遇した時点の初期明治人の率直な印象が拡張の高い名文によって見事に表現されております。そして日々見聞したものを驚くほどの冷静さで観察分析するとともに、その背後にある理念や思想までも鋭く洞察しており、しかも一方に偏しないバランスある見方をしているのです。

その秘密は何かといえば、まず新しい国造りのための待ったなしの切実な使命感があったことでありましょう。そしてその背後には日本の伝統が培った強靭なサムライ精神があり、文化遺産ともいうべき深い漢学的教養があったと思います。それはまた、近代の専門文化がすすむ以前の「全人的把握」が可能な時代であったことをも意味します。

翻っていま我々は情報の洪水の中でアップアップしながら「木を見て森を見ない」状況にあります。そして軟弱な精神はいまだに欧米文明への劣等感から脱却できず、部分にこだわって一方に偏する欠点をもっています。われわれはこの書をひもとくとき、そこに堂々たる独立の気概と曇りのない目と全人的なバランス感覚を発見して驚くのです。戦後51年、明治維新以来120数年の節目にある今日だからこそ、この書は我々に必ずや勇気を与え、多くのことを示唆してくれるものと信じます。

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