「催し」カテゴリーアーカイブ

青山霊園の岩倉使節団関連志士の墓めぐり

4月2日会員有志11名が、朝の九時半に青山霊園管理事務所前に集まって岩倉使節団関連志士たちの墓めぐり(墓マイラー)が開催された。時あたかも桜花爛漫、散策に程よい日差しの中、風もなく絶好の墓参日和となった。

 企画発案された吉原重和氏のご努力で、40名の使節団がらみのお墓が散在することが特定された。然し、青山霊園は実に広い。墓の在り処の番地がわかっても簡単には辿りつけない。みんなで手分けしつつ、和気藹々ながらも四苦八苦して探し当てるのも探偵団のようで見つけると達成感がある。

 結局、半分ほどの墓を見つけたところで予定時間となり、残りはまたを期することになったが、充実感があった。花と水を用意して廻った。

 流石に大久保利通の墓は顕彰碑も含めて巨大で、吉原重俊も丸い墓碑で大きかった。佐野常民も広大な領域を占めていた。外人墓地にはフルベッキ、松野クララ、明治天皇と西郷隆盛の肖像画で有名のイタリア人キッヨソーネ、そして、日本人として入国できなかったジョセフ彦が祀られていた。寂れた墓や整然とし墓、墓にはそれぞれの人物が辿った人生模様も伺われ、はるかなる歴史をおもった。秋にでも残りの墓を制覇したいと参加者の意見であった。

 この日の午後は日比谷図書文化館にて、icafe recture の講演会があったので、日比谷公園の噴水前にて、弁当を広げて歓談した。

文責 小野

 

 

年次総会 および 岩倉使節団150周年に向けての方針を論じる会

会員各位殿

下記の通り2018年度事業報告・決算2019年度事業計画・予算の承認のための年次総会を開催致します。

総会に続き今般ミネルヴァ書房より発刊されました 「岩倉使節団の群像」(日本近代化のパイオニア) と当会編の日本近代150年を考える 『歴史のなかに未来が見える』 の2冊の著書を踏まえ、岩倉使節団派遣150周年にあたる2022年に向け当会がどうあるべきか、何を為すべきか等今後の当会の方針を論じる会を開催致します。

日 時: 2019年4月30日(火・祝) 平成最後の日

年次総会13:30~
論じる会14:20~

場 所:    日比谷図書文化館 4階小ホール(スタジオプラス)          東京都千代田区日比谷公園 1-4

以上

出版記念講演会『岩倉具視の実像―最新の研究を踏まえて』

日時:2019.2.14  18:30~19:50
場所:日比谷図書文化館4F

『岩倉使節団の群像』出版記念パーティに先立ち、『岩倉具視―幕末維新期の調停者』(日本史リブレット人)の著書のある國學院大學法学部教授・坂本一登氏による記念講演会が、会場満席の60余名の参加者を得て、盛会裡に開催された。下記はその講演要旨である。

岩倉具視の研究は、戦前の徳富蘇峰の維新三傑として『岩倉伝』と、戦後は大久保利謙氏の先行研究があるが、幕末が中心で明治以降の研究は意外に少ない。天皇中心の列強対抗国家を創った人と思われ、人気が薄くなったようだ。

岩倉の人生は、下級公家・堀河家出身で、やはり下級公家の岩倉家養子となり、ペリー来航の1853年に鷹司政通の歌道の弟子となったのが29歳の遅いデビュー(人生五十年時代)。34歳、佐幕派公家に反対する88人列参を主導し、孝明天皇の近習となり、和宮降嫁の行列団長となる早い出世。四奸二嬪の排斥運動による岩倉村蟄居(5年間)の長い隠棲で特徴づけられる。

王政復古の小御所会議当日に、やっと公職復帰した。その会議で慶喜不在に怒る山内容堂を一喝したとの神話があるが、資料に乏しい。明治6年の政変で、岩倉の変節をよく言われるが、若いときの『神州万歳堅策』で、外遊して西洋文明(敵)を知るべきだと述べており、岩倉使節団は彼の本来の考えと言える。岩倉使節団の意義は、旅での共通体験がその後の政権を担う諸士と共通のイメージを得たことが大きい。

西洋化漸進主義と天皇中心国家構想であろう。主役の居ない政府内で、節目節目で調停役としての正しい行動をした人と言える。鉄道インフラの重要性。時代に取り残されかねない、士族や華族への保護制度化に尽力。明治14年の政変に際し、木戸、大久保、西郷亡き後の政権に、伊藤博文を中心に考え、病気で京都に療養中も憲法調査に欧州に送り出した憲法の行く末に心を残しながら、59歳、癌でなくなった。

読み切れないほどの数々の建言書を残した人である。革命の後はそれを維持することが大切で、それに精神誠意腐心した人。

参加者との質問応答では、
①朝鮮半島政策は、井上毅の朝鮮中立化政策に近いこと
②大隈・岩倉の間に使節団派遣に対する確執は特に見当たらないこと
③孝明天皇暗殺嫌疑には、恐らく直接にはなかったこと
④実記に記述の久米の所感は、岩倉の考えをどれだけ反映しているかには、不明と
⑤岩倉具視には、先生の思うよりカリスマ性が高かったはずと信じる等の意見交換があった。

(文責:小野博正)

佐賀歴史と唐津くんち、そして食道楽の旅行

佐賀旅行が2018.11.1~3で実施されました。
参加者は、当初計画の20名を割りましたが、15名の参加を得て、和気藹々のうち、幸い天気にも恵まれ、大変に実りある旅となりました。これも、有田在住の会員・蒲地孝典さんという現地を知り尽くした方の周到で手作りならではの旅行行程と各所で案内された学芸員や蒲地氏自身の名解説なしには成り立ちえなかったことに感謝を表したい。恐らく、過去の当会の歴史紀行でも筆頭に入る充実感があった旅でした。

僅か三日間ですが、初日は、佐賀市八幡小路にある久米邦武生誕地訪問からは始まった。次いで「肥前さが幕末維新博覧会」(2018・3・17-2019・14開催)では、博覧会責任者に迎えられ、解説を受けながら、幕末の佐賀の工業力が、何故、如何にして日本一になり得たかを映像を使って、鍋島閑叟と七賢人を中心に説明された。
①体感シアター「佐賀藩が握った明治維新の行方」、
②技からくり劇場「日本の近代化を駆け巡る佐賀藩」そして、
③「人」賢人ラウンドシアター「未来に種をまく佐賀の七賢人の思い」である。「志」ことの結びは「あなたは今、何を見ていますか」感想を葉っぱに書き込こむと天に廻って映像化される。幕末の佐賀を知らない人にも絶妙なイントロであった。長崎街道沿いにある、瀟洒な旧古賀銀行では「リアル弘道館」が開催されていた。ここでは偶々、久米邦武特別展が開催されており、久米の生誕から、教育、出仕、その後の生涯が映像と音声ガイドで案内された。佐賀藩校・弘道館の素読の実体経験をして、ここで佐賀市職員と別れて昼食の佐賀レトロ館へ。館長は蒲地氏の親友で、実は昼食特別料理(一日10食限定)の和魂洋才御膳は、蒲地氏が企画・復元した美麗な伊万里焼(10客300万円)を実際に使ってのフレンチコースを、すべて佐賀の食材を使用して、ゆったりと供された。これで、一同すでに、一日が終わった気分。だが次がある。佐賀城本丸歴史館は、城壁と鯱の門以外は、焼失して復元された。320畳の大広間を持つ本丸御殿は圧巻。鍋島直正は、家臣と同じ段の畳に座った。佐野常民記念館は明治日本の産業革命遺産(世界遺産)となった「三重津海軍所跡」を望む早津江川沿いに位置し、長崎警備の役にあった佐賀藩の軍事力強化の基地であった。ここで、ドライドックが作られ、日本初の実用蒸気船「凌風丸」の建造や船の修理がなされた。長崎の海軍伝習所に最大家臣を送り込んだ佐賀藩の海軍稽古所となり、砲術訓練所もあった。

第一日目の最後は、武雄市図書館であった。なぜか。実は、日本で有名な民間の英知を取り入れた斬新図書館で、我が会の「岩倉使節団の映像」(DVD)を、教育的に使用してくれるということで特別寄贈したことに対する市の教育委員長からの御礼の儀式と、教育利用の決意表明があった。当会副理事長が答礼した。そして、やっと佐賀県名湯の一つである武雄温泉の東洋館に投宿した。夕食時間が迫っていたこともあり、早速に夕食の宴会となり、二時間半近くの9時まで、一日目の充実した体験を肴に懇親を深めて、それぞれ、名湯を楽しみながら一日目を終えた。

二日目は、宿を7時半に発って、ブラタモリの番組で登場してお馴染みの、有田の泉山磁石場の見学に始まり、陶山神社と有田陶磁器仲通りの有田焼・窯元の深川製磁店で磁器の名品を見学して、九州陶磁文化館で有田の陶磁器の歴史と名品を学ぶ。次いで、蒲地氏の経営する自宅でもある「ギャラリー花伝」で、家族に迎えられて、陳列された有田陶磁器の名品を眺めながら、茶菓の接待を受ける。実は、蒲地氏は、自称、他称の有田では知らぬ者のない、幕末明治期に海外に輸出された、有田・伊万里焼の名品の里帰り発掘屋である。相当な名品を欧米から里帰りさせた当本人である。有田焼は、伊万里港より輸出された。港には、昔は蔵が林立していたそうだが、今は何軒かが残こされている。一軒を覗くと、旅人宿も兼ねていて、古の生活が垣間見える。この日の昼食はそば処わらび野で、棚田百選の一つ、蕨野にて夫婦家族で営む、素朴な蕎麦屋だが、絶品のそば定食であった。そばの揚げ物をかじりつつ待つと、とろみで包んだそばがき、そして、香り立つそばを塩,つゆで頂く、てんぷらも絶妙で、供された日本酒に合う。仕上げは、棚田米で軽く握ったおにぎりは、香り味共に経験のない味に全員が絶賛。

最後に、庭先の柿とみかんの土産付き。忘れがたい思い出。午後は、唐津に入り、唐津焼の中里太郎衛門の陶房を案内される。唐津焼は茶人にも愛された陶器である。有田磁器も唐津焼も、秀吉の朝鮮遠征で、連れ帰ったとされる陶工たちが発祥である。

この日、唐津城は下から眺めつつ、虹の松原を散策し、潮騒の音を久し振りに楽しみながら最後の唐津くんちの宵曳山見物を兼ねたくんち料理屋に向かう。(あら)は、関西ではくえと呼ばれる高級魚で、の丸焼きを中心とした、数々の料理に飲み放題の酒やビール。当然、宴は高まり、曳山を待つ間には、歌合戦も始まり大盛会。酔いしれるままに、通りを過ぎる曳山の鯛や鉾を眺めつつ、エイサーの掛け声をかけながら、群衆の中をやっと抜けて、伊万里のホテルに向かいこの日を終わる。

最終日は、秀吉が朝鮮征伐の夢があと、名護屋城址跡の見学である。思ったより、豪壮な城で、大阪城より大きく、築城的にも進んだ城であった。何しろ、慶長、文禄の役の朝鮮遠征で、全国から20万人の兵が集まり、各大名が陣地を張り競い、俄か都市が出現、当時世界でも、パリ、ロンドンに並ぶ巨大城下都市が出現して、秀吉の死と共に、七年であっという間に消えたのである。ここでの体験は、首から下げた電子機器のバーチャル・リアリティで、城の細部が見事に復元されて眼前に見ることである。この日天気晴朗で、130キロ先にある対馬も遠望でき、千艘の船が休める浦が下に臨め、絶好の遠征地であったことが分かる。昼食の呼子の名物料理・烏賊尽くしで乾杯して、旅を終えた。最後は,唐津と佐賀駅解散組に分かれて旅を終えた。唐津組は、くんちの昼の曳山を見て帰った。(文責:小野)

『芳賀先生・保阪先生受賞祝賀会』開催報告

当会特別顧問としてシンポジウムはじめ当会の活動を永らくご指導・ご支援いただいている芳賀徹先生が『2017年芸術院賞・恩賜賞』を、保阪正康先生が『第30回和辻哲郎文化賞』をご受賞されたことを会としてお祝いする会が、8月3日(金)夕刻日比谷松本楼で開催されました。 続きを読む 『芳賀先生・保阪先生受賞祝賀会』開催報告

『米欧回覧実記輪読会』@日比谷スタートのお知らせ

これまで毎週金曜日に国際文化会館で開催してきた『米欧回覧実記を読む会』は、9月以降開催場所を日比谷図書文化館に移し、『米欧回覧実記輪読会』として、下記の通り継続して行くことになりましたのでお知らせします。

第1巻から輪番で音読しながら丹念に読んで行こうというという主旨の下、新しく会員になられた方々はもちろん、改めて読み返してみようという方々にも加わっていただき、新旧交流の場にもなれば幸いです。

参加ご希望の方は、メールで下記アドレス宛お知らせください。

1.開催日時

原則毎月第三水曜日13.00-14.40
(初回は9月13日(水)~第2水曜)

2.開催場所

日比谷図書文化館4Fセミナールーム

同日は20分休憩後、15.00-17.00に『英書輪読会』が開催されますので、案内表示は「米欧亜回覧の会輪読会」としておきます。

3.輪読会の進め方

第一巻から輪番で音読、通読し、当番(チューター役)を中心に報告・議論する。ゲストの招聘も検討する。

4.会費

800円(会員600円)
実記・英書の双方受講者は、併せて1000円

5.開催予定

9月(初回)

日時:9月13日(水)~第二水曜日~13.00-14.40
場所:日比谷図書文化館4階セミナールームA

範囲:久米邦武編著『特命全権大使米欧回覧実記(一)』の最初から

10月(第2回)

日時:10月18日(水)~第三水曜日~13.00-14.40
場所:日比谷図書文化館4階セミナールームA

『米欧亜回覧実記輪読会』

世話人 岩崎洋三

iwasakiyz1116@gmail.com