「英書輪読会」カテゴリーアーカイブ

英書輪読会(ハリス):9月部会報告

9月5日(水)
15.00-17.00
日比谷図書文化館4階セミナールーム

・テキスト:The Complete Journal of Townsend Harris

・範囲:pp.423-447(Friday,November27,1857~Monday,November30,1857)

・ナヴィゲーター:水谷剛氏

《概要》:

ハリス一行は大名行列並みに下田を出発して待ちに待った江戸への旅を続ける。
伊豆から東海道に出て小田原~大磯~馬入川~藤沢へと進んだ。
小田原から藤沢までは家の軒波が続き連続した一つの家並みである。 途中の馬入川渡る時に左小指を「水蛭」に吸いつかれて出血したので治療を「随行医師」にさせた。
藤沢から更に海岸沿いに行き神奈川~川崎に到着し、有名な「萬年屋」旅館に宿泊した。ここはペリー提督に随行したビッチンガー牧師が単独で勝手に抜けだし、多摩川から品川に行く寸前に停止させられて帰営した場所である。

品川から高輪経由で宿所の九段下「蕃書調所」に到着した。井上下田奉行から江戸城で将軍謁見するときの諸注意事項や江戸城入場は「威厳」を以て駕籠で向かうことなどを諸注意された。

(水谷剛記)

英書輪読会:6月部会報告「ハリス日本滞在記」前半

Journal 4 of Townsend Harris(April 1~July 31, 1857)
ハリス日本滞在記 (1857.4.1~ 7.31)

ハリスの上記滞在期間における幕府側の動きについて、これを「列強の軍事力に対する幕府の軍事力の実態」と題してまとめました。この内容は日記とは全く別個です。
すなわち、開国を迫る列強の圧力に対し、幕府側が保有する軍事力を調査したものです。

  • 列強と幕府の軍事力の比較
  1. 艦船:幕府は500石以上の大船建造禁止令を1609(慶長14)年以降、1842(天保12)年までに5回発令した。1500石(230トン)、200石(300トン)積みクラスの、木造平底帆船が最大である。大船建造禁止令の解除は、1853.9.15(嘉永6年)。第1回米国ペリー艦隊4隻の1853.7.8(嘉永6年)来日時の旗艦サスケハナは、排水量3885トンの世界最大級の蒸気外輪フリゲート艦(砲15門を搭載)
  2. 第2回ペリー艦隊9隻の1854.2.13(嘉永7年)来日時の旗艦ポーハタンは、排水量3825トンの蒸気外輪フリゲート艦(砲15門を搭載)
  3. 列強側
  4. このため大砲を積んだ軍船は全く存在しない。ましてや、蒸気機関の動力源を有する艦船もない。
  5. 日本側
  6. 防衛計画(砲台):戦力増強には新砲台の建設(埋立てを含む)、大砲の鋳造、弾薬の製造、砲兵隊の編成、維持、訓練など、莫大な費用を必要とした。
  7. しかも鋳造には、反射炉の製作から着手せねばならぬ状態にあった。
  8. 江戸湾の既存砲台の砲99門のうち、外国勢に比肩できる砲は僅かに19門であり、しかもその大半は臼砲であって射程が短く、ペリー艦隊まで砲弾は届かない。
  9. 幕府の責任者と財政1842(天保13)年      歳入148万2421両、歳出145万3209両、収支差額 黒字2万9212両大きな歳入は金銀の改鋳である。徳川200年の鎖国が大きくのしかかっている。
  10. 列強の軍事力には全く歯が立たない。また財政的にも無策で、戦費のための歳入増強が見込めない。
  11. 1854(弘化元年)         歳入171万9090両、歳出212万9130両、収支差額 黒字44万6340両
  12. 主席家老 阿部正弘
    担当:市川三世史

英書輪読会:5月部会報告「ハリス日本滞在記 」

ハリス日本滞在記 (1857.4.1~ 7.31:テキスト 第338ページ第 4行~第383ページ第 2行)

要旨
阿部にとり、将軍への大統領書簡の直接提示のための、ハリスの出府容認など論外である。従って下田奉行に全権委任と称して、ハリスの江戸出府要請を阻んできた。

結局この期間内にハリスが成し遂げた仕事は、先に締結(1854年3月31日/嘉永7年3月3日)されていた日米和親条約の、執行命令的性格を持つ補完条約である下田条約の締結(1857年5月26日/安政4年6月12日)である。

下田入港(1856.8.21)以来、1857.7.31まで11か月を経過しても、ハリスの出府要求はまだ実現されない。即ち、江戸城における合衆国大統領書簡の将軍への直接提示と陳述は、実現していない。この原因は、時の老中首座阿部正弘の、攘夷主義者に劣らぬ外国嫌いの、開国反対論者にある。

下田条約の主要項目
第1条 合衆国船に対して長崎を開港する。
第2条 下田と函館における合衆国人に永住権を与え、函館
港における副領事の任命権を認める。
第3条 通貨の相場を定め、合衆国人の従来の支払い額100
ドルに代えて、今後は34ドル50セントとする。
第4条 合衆国人は全て同国領事の管轄下におかれ、同国の
法律によって審理される。
第5条 長崎、下田、函館の港での合衆国船の修理と、代金
のバーター支払いを認める。
第6条 合衆国総領事の自由通行権を認めるが、その行使は
難船などの切迫の場合に限るよう下田奉行所は要望
し、領事も承諾する。
第7条 総領事および随員に、日本商人からの直接物品購入を
認める。 (文責 市川)

英書輪読会:3月部会報告「ハリス輪読会」

日時:2018年3月14日 
内容:1857年2月26日から3月31日までを読む

ハリスは日米修好通商条約の下交渉に入り、下田奉行との応接と要請等を記す。

(1)幕府が1856年2月、ロシアとの条約で取り決めた航海に必要な物資と石炭供給を米国にも許可すること。

(2)米国人が日本で犯した犯罪は米国領事の下で処断させること(後日、治外法権問題として大きな問題となるが、要請が異論なく認められたことにハリス自身が驚く)。

(3)1856年1月の日蘭和親条約12条と13条の条項(出島オランダ商館住居と土地貸借問題)を米国にも適用するよう求める。この条項は仮協約とされ幕府で批准されていなかったことをハリスが知らず誤解があった。
(『ハリス 日本滞在記(中)』(坂田精一訳、岩波文庫p201)の注記(一)により判明。)

(4)領事職権として全国を自由に移動できる旅行の自由を求める。

(5)通貨問題について重要な交渉が行われる。奉行が1954年、ペリーと締結された通貨交換で1ドルにつき1600文と定められたが正当でなく、米国金貨は日本金貨と、銀貨は銀貨同士で重さを量り、それぞれ目減り分15%を見込むと提案する。これに対しハリスは
①銀ドルは4800文に換算する。
②日本の通貨計量は5%差引くこと。
③貨幣の合金分は予め10%差引くこと。ハリスは自分の提案に基づく交渉を強硬に求める。通貨交渉は3月一杯かけ、20回もの応接と折衝がなされた結果、従来の銀ドル通貨1600文が4670文に換算され、約200%の割増となる形で決着する。この交渉中、ハリスは米国務長官からのハリス宛文書を奉行に披露。文書で国務長官は日本が米国との条約を回避した場合、議会は日本が抵抗できない措置をとれる権限を大統領に与えるという。ハリスはこの恫喝文書を奉行から幕府に告知させる。

(6)ハリスは江戸居住を希望する事由を文書で提出するよう求められ文書を提出。この間、下田に米商船が来航し船長夫妻と懇談したほか、通訳森山から幕閣の米国との条約問題の見解が賛否伯仲しているとの情報、下田奉行へのピストル進呈などが記される。今回の日誌を通して幕末の政治経済情勢に極めて重大な影響を与えた通貨交換の取り決めがなされた経緯を知らされる。
(大森東亜記)

 

 

 

英書輪読会:2月部会報告「ハリス輪読会」

2018年2月14日
範囲:1857年1月1日 294頁 ~ 2月15日 310頁
・ハリスが日本に初代駐在領事として伊豆下田に来てから初めての新年元旦 (西洋暦)を迎えたが、訪問者もこないのでヒュースケンと祝賀の挨拶をしたのみ。下田奉行に護衛の番士が過剰に目立つのであたかも囚人のようなので速やかな退去を強く要求したら珍しく速やかにそのとおりにしてくれた。

また、奉行の自宅に招待されて接待を受け、奉行自らがが茶を立てて接待した。
交渉事も通貨問題など重要な問題は解決しないが、親睦は深めた。しかし、酒席での下卑た話題は謹厳実直な ハリスにとっては苦痛であり、疲れることでもあった。
御蔭で体調も悪く、「丹毒」になったり寝つきも悪くなっが、下田の近辺の散策で気分転換をはかった。
1月26日~28日は日本暦の正月風景が珍しく家々の門松注連縄などの飾りつけを珍しく見て回った。
2月25日に幕府老中の書状が届いた。以前ハリスが届けた大統領書簡への返書だと思ったのに何もそれらしき返事はなくただあらゆる用務は下田奉行で処理するとの素っ気ない文書であった。

担当 水谷 剛

英書輪読会:12月部会報告「ハリスの日記」

日時:2017年12月20日開催
内容:1856年12月4日から同年12月31日までを読んだ。

ハリスは「丹毒」、即ち主に連鎖球菌に感染して起る皮膚病のため健康は優れない。
12月31日、この年最後の日の感慨として「日本人との交渉、極めて遅速にして捗らず」と記している。その上自らの生活環境について日本側に対する不満を記録している
(永島脩一郎)

英書輪読会:9月部会報告「ハリス下田上陸」

日比谷図書文化館セミナールームで開催している英書輪読会は、本年3月から3冊目のテキストTownsend HarrisのThe Complete Journal of Townsend Harrisに取り組んでいるが、今回9月13日(水)で6回目となり、いよいよハリス下田上陸の場面を迎えた。

詳しくは会員サイト(要パスワード)にてご覧ください。

開催案内:米欧回覧実記輪読会/英書輪読会

これまで毎週金曜日に国際文化会館で開催してきた『米欧回覧実記を読む会』は、9月以降、開催場所が日比谷図書文化館に変更、名称は『米欧回覧実記輪読会』となりました。

原則として、毎月第三水曜日13.00-14.40に開催、その後、15.00-17.00に『英書輪読会』が同会場で開催されます。

続きを読む 開催案内:米欧回覧実記輪読会/英書輪読会

英書輪読会:4月部会報告「ハリス輪読」

「The Complete Journal of Townsend Harris, First American Consul and Minister」輪読

2014年4月から毎月続けて来た「Sir Ernest SatowのA Diplomat in Japan」の輪読会は、無事読了した。

2月からは、英書輪読会として「The Complete Journal of Townsend Harris, First American Consul and Minister」を輪読している。 続きを読む