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実記輪読会:3月度部会報告「第16巻 北部巡覧の記 下」

日時:2019.3.13 13:10 ~ 14:50
場所:日比谷図書文化館 4F セミナールームA
ナビゲーター:吉原重和

行程
明治5年(1872年6月15日)
・5月10日 ナイアガラのホテルを出発、オンタリオ湖に沿って来た線路を戻る。10時にロチェスターを通過、シラキュースを経てサラトガの「グランドユニオンハウス」着

・5月11日 サラトガ湖を廻り山上で休憩、その後車で薬泉に行く。

・5月12日 サラトガを出発、ボストンに向かい夜8時にボストン着

・5月13日 ボストン市内回覧、2時から太平楽会に赴く。

・5月14日 ボストン港を船で回覧、2時から再度太平楽会に赴く。

・5月15日 ボストンを9時に発ち昼にスプリングフィールド着、小銃製造場に至る。夜12時にNYCへ帰着。

・5月16日 セントラルパーク回覧、夜9時過ぎの汽車でワシントンへ戻る。

画像資料はこちらをクリックして下さい。

吉原記

 

 

 

i-Café≪大仏次郎『天皇の世紀』を見る会≫終了報告

『天皇の世紀』は朝日新聞が明治100年に因んで昭和42年に連載をスタートさせた大仏次郎の「史実と信ぜられるものに従い、克明すぎると自分でも見るくらいに、事実のブロックを積み重ねて行って、それがどんな意味を物語っているかを書き綴った」長編で、後に朝日放送で13話の連続1時間物テレビ映画として放送されました。

『見る会』は、明治150年の年に、この『天皇の世紀』13話を7回連続で見ながら、明治維新や岩倉使節団の意義を改めて考えようと昨年7月シェア奥沢でスタートしました。
2回目以降は会場を日比谷図書文化館4階のセミナールームに移し、本年2月の7回目をもって無事終了しました。

1時間物のテレビ映画と言う限界は当然あるものの、映像の迫力は絶大で、文字通り生きた歴史を学べました。毎回丹念な説明で理解を促進してくださったナヴィゲーターのみなさんに心から感謝申し上げます。

それにしても、大佛次郎が筆半ばで倒れ『天皇の世紀』を完結できなかったことが心残りです。(岩崎記)

     
開催日・場所 タイトル(各巻48分) ナヴィゲーター
1 7月22日(日)       @シェア奥沢 第一話 『黒船渡来』~太平の眠りを覚ます4隻の黒船    

第二話 『野火』  ~変革の種を蒔いた吉田松陰

半澤健市氏
2 8月21日(火)       @日比谷 第三話 『先覚』~砲術開祖・高島秋帆の執念       

第四話 『地熱』~日米修好通商条約締結の波紋

岩崎洋三氏
3 10月5日(金)       @日比谷 第五話 『大獄』~安政の大弾圧と桜田門外の変        第六話 『異国』~咸臨丸による太平洋横断の船旅 小野博正氏
4 11月13日(火)      @日比谷 第七話 『黒い風』~相次いで起こるテロリズムの嵐        第八話 『降嫁』~公武合体に暗躍する人々 芳野健二氏
5 12月11日(火)      @日比谷 第九話 『急流』~寺田屋事件の裏で起きた悲劇        第十話 『攘夷』~生麦村で白昼起きた異人斬り 芳野健二氏
6 1月17日(木)      @日比谷 第十一話 『決起』~奇才・高杉晋作の短すぎた生涯        第十二話 『義兵』~土佐勤皇党の斃れた志士たち 小野博正氏
7 2月21日(木)

@日比谷(最終)

第十三話 『壊滅』~時流に乗り遅れた天狗党の悲劇 塚本弘氏

 

歴史部会:2月度部会報告『もう一つの明治維新はあり得たのか―徳川慶喜を素材として』

日時:2019.2.26 13:30~14:30
場所:国際文化会館 404号室
参加者:16名
プレゼンター:小野博正(歴史部会幹事)

昨年のNHK大河ドラマ『西郷どん』の徳川慶喜の悪役ぶりに義憤を覚え、慶喜の名誉挽回にと、雄藩による明治維新でなかったら、どんな明治の道があったかを考えてみた。保阪正康氏によれば、4つの可能性があった。①帝国主義的国家(これが大日本帝国憲法となった現実の歴史)②帝国主義的道義国家③自由民権国家④連邦制国家である。

明治新政府が天皇大権の帝国主義国家を選んだのには必然性があった。王政復古で幕府を朝敵にした時から、国民国家の実現には、天皇を中心に置くしか道はなかった。岩倉使節団はアメリカで共和制国家をみたが、これは幕藩体制を思わせる形態と思えたろう。イギリスの立憲君主制は理想的にみえたが、時あたかもヴィクトリア女王の権勢が議会に削がれかけていて、これでは天皇の地位がいつ弱められるかわからない不安があった。

フランスの王政と共和制の揺れ動きは不安定だ。一方普仏戦争でフランスを破ったドイツは、ビスマルクとモルトケを従えて、ヴィルヘルム一世皇帝の遅れてきた帝国主義国家は産業革命にも成功して盤石であった。明治6年と明治14年の二つの政変を経て、ドイツ模倣国家への道は確定した。士族の反乱などを恐れて、讒謗律、集会条例、保安条例などで自由民権運動の広がりを徹底的につぶしたので、自由民権国家はあり得ない。

帝国主義的道義国家は、明治天皇がイギリスの立憲君主制に一時期共感していたので可能性はあったがこれも日の目を見ることはなかった。残る、連邦制共和国国家は、江戸幕府がそのまま近代化に進んだとき、その可能性が高かった。大政奉還のとき、慶喜は選挙による雄藩とその家臣による二院制議会と、大統領制を頭において西周や津田真道らに検討させていた。これが実現していたら、緩やかな近代化もあり得た。

最後に、慶喜である。味方になるべき四侯会議で、四侯を大バカ者呼ばわりして敵に回し、思想的倒幕派であった勝海舟を、幕府最後の終幕に起用したのはなぜか。慶喜自身が、倒幕(終幕)を当初から考えていたとすれば、すべてが腑に落ちる。彼は側近に、300年の幕府もあと一年も持つまいと語っており、旗本が戦うことを忘れて居ることを嘆いていた。将軍職辞退も恐らく本気だったのではないか。何せ、水戸家家訓は、将軍家に弓を引いても、朝廷には弓を引くなである。彼の血には、武士と公卿の血が流れている。徹底恭順して、明治になってからも、全く政治を語らず、己を語らず。只ひたすらに趣味の世界に没頭したのは、無言のうちに、そのことを語ってはいまいか。これは歴史専門家が決して語らぬ見方である。(文責:小野博正)

I-Café-Music:1月開催報告『ネットワークという未来』

第32回i-Café-musicは1月13日(日)14.00-17.00
西荻窪のスタジオ&ギャラリー『響』にて開催された。

第一部「映像とお話」

ご出席の中にプリンストン大学名誉教授マーティン・コルカット先生がいらっしゃったので、急遽映像に代えて岩倉使節団のアメリカ訪問を短時間語っていただいた。次いで、朝日新聞OB服部桂さんに『ネットワークという未来』と題してご講演いただいた。

服部さんはインターネット以前の社会でのメッセージ伝達の進化、インターネット誕生してからの50年、インターネット以後の世界にまたがる長いレンジでのメディアの進化とパースペクティヴを、58コマのパワーポイントを駆使して分かり易く説いて下さった。

早稲田大学工学部のご出身の服部さんは、1978年に朝日新聞に入社し、Asahiパソコンの立ち上げやインターネット記事連載に関わる一方、その世界では有名なMITのメディア・ラボに特別研究員として3年間身を置いた方で、インターネットを語るに服部さんは最も相応しい方の一人だろう。

1869年に米軍中心に開発されたAPRAネットでインターネットが誕生して50周年だそうだ。同じ年にアポロ11号が宇宙の暗闇に浮かぶ地球の写真を送ってきたが、それを見たスティーヴ・ジョッブスが、世界の人をネットワークで繋いであげようと一念発起し、数年後パソコンを開発、後スマートフォンを世に出してあっという間にインターネットの大衆化を実現した話には感銘を覚えた。

なお、この日は、服部さんの訳書『<インターネット>の次に来るもの~未来を決める12の法則』を読んで服部さんをi-Cafeの講師に推挙してくださった当会お馴染みの仏文学者芳野まいさんが、インタビューワーを買って出て下さり、興味と理解が一段と深まったのは望外の喜びでした。

第二部 ミニ・コンサート

ソプラノ中澤孝子さんが『エビータ』を中心にブロードウェ・ミュージカルの歌を披露して下さった。実は、中澤さんは昨年9月のi-Caféで芳野まいさんのお話「政治とファッション~たとえばジャッキー・ケネディ」に合わせて選曲していただいていたが、直前の台風のため今日まで延期を余儀なくされものだった。
有名な Don’t Cry For Me Argentina などの熱唱に加えて、ペロン大統領夫人として苦労したエビータについての語りにみなさん酔いしれました。i-Café Singers も頑張ってバックコーラスを歌わせていただきました。

第三部交流会

交流会は、インターネット世界を若干でも理解できた喜び、『エビータ』の熱唱に刺激されてか、初めての方々や若い人たちも含めて活発なご発言が続き、今回も大変盛り上がって幕となりました。(岩崎記)

 

 

年次総会 および 岩倉使節団150周年に向けての方針を論じる会

会員各位殿

下記の通り2018年度事業報告・決算2019年度事業計画・予算の承認のための年次総会を開催致します。

総会に続き今般ミネルヴァ書房より発刊されました 「岩倉使節団の群像」(日本近代化のパイオニア) と当会編の日本近代150年を考える 『歴史のなかに未来が見える』 の2冊の著書を踏まえ、岩倉使節団派遣150周年にあたる2022年に向け当会がどうあるべきか、何を為すべきか等今後の当会の方針を論じる会を開催致します。

日 時: 2019年4月30日(火・祝) 平成最後の日

年次総会13:30~
論じる会14:20~

場 所:    日比谷図書文化館 4階小ホール(スタジオプラス)          東京都千代田区日比谷公園 1-4

以上

出版記念講演会『岩倉具視の実像―最新の研究を踏まえて』

日時:2019.2.14  18:30~19:50
場所:日比谷図書文化館4F

『岩倉使節団の群像』出版記念パーティに先立ち、『岩倉具視―幕末維新期の調停者』(日本史リブレット人)の著書のある國學院大學法学部教授・坂本一登氏による記念講演会が、会場満席の60余名の参加者を得て、盛会裡に開催された。下記はその講演要旨である。

岩倉具視の研究は、戦前の徳富蘇峰の維新三傑として『岩倉伝』と、戦後は大久保利謙氏の先行研究があるが、幕末が中心で明治以降の研究は意外に少ない。天皇中心の列強対抗国家を創った人と思われ、人気が薄くなったようだ。

岩倉の人生は、下級公家・堀河家出身で、やはり下級公家の岩倉家養子となり、ペリー来航の1853年に鷹司政通の歌道の弟子となったのが29歳の遅いデビュー(人生五十年時代)。34歳、佐幕派公家に反対する88人列参を主導し、孝明天皇の近習となり、和宮降嫁の行列団長となる早い出世。四奸二嬪の排斥運動による岩倉村蟄居(5年間)の長い隠棲で特徴づけられる。

王政復古の小御所会議当日に、やっと公職復帰した。その会議で慶喜不在に怒る山内容堂を一喝したとの神話があるが、資料に乏しい。明治6年の政変で、岩倉の変節をよく言われるが、若いときの『神州万歳堅策』で、外遊して西洋文明(敵)を知るべきだと述べており、岩倉使節団は彼の本来の考えと言える。岩倉使節団の意義は、旅での共通体験がその後の政権を担う諸士と共通のイメージを得たことが大きい。

西洋化漸進主義と天皇中心国家構想であろう。主役の居ない政府内で、節目節目で調停役としての正しい行動をした人と言える。鉄道インフラの重要性。時代に取り残されかねない、士族や華族への保護制度化に尽力。明治14年の政変に際し、木戸、大久保、西郷亡き後の政権に、伊藤博文を中心に考え、病気で京都に療養中も憲法調査に欧州に送り出した憲法の行く末に心を残しながら、59歳、癌でなくなった。

読み切れないほどの数々の建言書を残した人である。革命の後はそれを維持することが大切で、それに精神誠意腐心した人。

参加者との質問応答では、
①朝鮮半島政策は、井上毅の朝鮮中立化政策に近いこと
②大隈・岩倉の間に使節団派遣に対する確執は特に見当たらないこと
③孝明天皇暗殺嫌疑には、恐らく直接にはなかったこと
④実記に記述の久米の所感は、岩倉の考えをどれだけ反映しているかには、不明と
⑤岩倉具視には、先生の思うよりカリスマ性が高かったはずと信じる等の意見交換があった。

(文責:小野博正)

GJ研究会:2月部会報告「Open Government, Open Data. Open Governance」

日時:2019.2.9  13:30~16:30
場所:国際文化会館 401号室
演題:「Open Government, Open Data. Open Governance」
講師:奥村裕一氏 (東大公共政策大学院教授、元通商産業省官僚)

1)オープンガバメント
近年世界各国でインターネットの双方向性を活用することで積極的な政府・地方自治体の情報公開(オープンデータ)や行政への市民参加を促進する「政府のオープン化(オープンガバメント)」が急速に進展している。講演はオープンガバメントの歴史から始まった。 インターネットの普及を背景に米国のオバマ政権(2009年)の初署名がオープンガバメントのきっかけを作り、その実施について3原則が策定された。

①行政の透明性 ②国民が行政に参加 ③行政と国民が協働

この制度で強調されたことは米国の民主主義の強化と政府の効率性や有効性の向上であり、 このトレンドはこれからの政府と行政のあるべき姿として世界的に受け入れられた。
特にEUや日本でも「オープンガバメント」を積極的に推進している。

2)オープンデータ
行政が持つデータを民間へ積極的に公開する流れが急速に高まっている。 行政が持つデータは個人情報など情報公開法で不開示となっている情報を除き、全て市民と共有する。
これがオープンデータの原則である。 2013年G8サミットで「オープン・データ憲章」が合意された。 オープンデータは世界の潮流になっている。

オープンデータの基本形は
①オープンデータを政府・自治体の標準とする
②データの量と質を改善 ③全ての者に利用可能とする

その目的は、データを公開することは民主主義プロセスの強化であり、民間のデータ活用はイノベーションにつながり、産業育成になる。
日本政府は平成28年度に「官民データ活用推進基本法」を定め、政府及び地方自治は「オープンデータ」に取り組むことが義務づけられた。 この取組により、国民参加官民共同の推進を通じて諸課題の解決、経済の活性化、行政の高度化、効率化などが期待されている。近々、次期国会に向けて「デジタル・ファースト法案」が検討されており、今後デジタル化が急速に進展することが予想される。

3)ポリシーラボのアプローチ
「オープンガバメント」を実現するための新しい政策形成の手法である「ポリシーラボ」が潮流になっている。 英国、デンマーク、米国でこの手法が普及しており、日本も導入を考えている。 行政の政策形成の新しいアプローチで「デザイン思考」と言う新しい手法で課題解決を考える。「デザイン思考」とは人間中心デザインのプロセスを行政サービスの経営に取り入れ、 行政サービスをより人にとって共感を得られるサービスにデザインすることである。ポリシーラボの考え方は日本の地方自治体にも影響を与え、滋賀県は行政運営の政策形成にデザイン思考を活用している。県知事が率先して「県民の本音を起点にした共感に基づく政策形成」を小冊子で発表している。

4)オープンガバナンス
奥村先生が自ら実践している地方自治体がオープンデータを活用し、地域課題を解決するコンテスト「チャレンジオープンガバナンス(COG)」が2016年から毎年開催されている。 全国の地方自治体から市民/学生に解決してほしい地域課題を募集し、デザイン思考やデータ分析を活用して課題を掘り下げ、自分達で解決策に取組むことを基本としている。 2018年度は38自治体から応募があり、今年の3月に最終公開審査と表彰が行われる予定。
過去のコンテストで入賞した色々な解決アイデアが披露され、中でも川崎市の地域全体で子育てを応援する街作り「ファミリーサポートから里親へ」の感動的な課題解決の話は印象に残った。今年も素晴らしい課題解決のアイデアが出ると期待している。
(文責: 小泉勝海)

 

実記輪読会:2月度部会報告「第15章 北部巡覧の記 中」

日時:2019.2.13 13:10 ~ 14:50
場所:日比谷図書文化館 4F セミナールームA
ナビゲーター:吉原重和

行程
・明治558日(1872613日)
ウエストポイントを発ちコロンビヤ号に乗車してハドソン河沿いに北上。

NY州の州府オルバニー着、シラキュースを経て午後11時にナイアガラ村のインターナショナルホテルに着いた。 

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ナイアガラ回覧。アメリカ滝からゴード島に至る。
カナダ滝近くの博物館見学。エジプトのミイラ(ラムセス一世)見学
夕方フィルモア元大統領をホテルに招き夕食会を催した。

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吉原記

 

 

英書(ハリス)輪読会:1月部会報告

時:2019.1.9(水)13.10-14.50
所:日比谷図書文化館4階セミナールーム
範囲:pp.513-541(Jan.26-Feb.17,1858)

初代米国総領事ハリスは、着任後1年半近くたってから江戸出府を許され、課題の通商条約締結交渉をやっと始めることが出来た。ハリスは安政4年(1857年)11月江戸に着くと、日本側全権代表井上信濃守(下田奉行)と岩瀬肥後守(御目付)を相手に、通訳のヒュースケンを従えて、翌年1月から2月にかけて14回の談判を重ねて首尾よく成約し、7月神奈川沖のポーハタン号上で調印に漕ぎつける。 

今日の輪読会では、126日の第二回談判から217日の第11回談判までの部分を輪読した。条約談判はハリスが作成した条約草案を、オランダ語を介して日本語訳を作成した上で逐条的に議論される。日本側全権は保守的な諸大名の説得に苦慮していたことから議論が難航した様子が生々しく描かれている。 

開港場数ついては、ハリスが米捕鯨船の便宜も考慮し8港を要求する一方、日本側は3港以上不要と突っぱねたものの、『ここは条約のセバストポール』と踏ん張ったハリスが6港を獲得して決着した。セバストポールはクリミヤ半島の港で、ハリスが日本の港を戦略的に重視していたことがわかる。 

キリスト教礼拝問題では、18561月の日蘭条約で、日本側が出島の建物内での礼拝を認めていたことを事前に調べ、ハリスは外人居留地内での礼拝自由を条約に盛り込むことに成功している。(岩崎洋三記)

 

 

『岩倉使節団の群像―日本近代化のパイオニア』

ミネルヴァ書房刊 (400頁超上製本 4000円)

シンポジウム第一部「岩倉使節団の群像」を主体とし、第三部「日本の未来像」を補足して編集されました。「群像」では、正副使の岩倉具視、木戸孝允、大久保利通、伊藤博文、山口尚芳に加えて、帰国後も目覚ましい活躍をした林董、金子賢太郎、田中光顕、団琢磨、吉原重俊、渡邊洪基、安場保和、井上毅、山田顕義、田中不二麿、新島襄、津田梅子等女子留学生、長与專斎、畠山義成について、シンポジウムの各プレゼンターがまとめました。